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店主のつぶやき

 

 

美しい日本の手仕事を紹介していく事

 

それはずーっと前に抱いた夢に近い目標のように思います。

当時、久住でのお仕事とは全く異なる仕事をしておりました。
学生を出て会社に属し
親元から離れ自分での生計をやりくりし
車を持ち、仕事をしては給与をいただき、税金を納め
選挙にも行き、
これで私も学生の時から独立できたな…
という程度ですが一応、社会の構成人の一人でいると思っていました。
そこから仕事を辞めて初めて海外に出たとき
学生中で海外にいる人たちとはやっぱりどこか違うなと思っては
逆にそれはよかったと思っています。

出身国が異なる人たちと話をするとなると、
自然と自国の感覚や物差しを例にしてトピックに対して肉付けをしていきます。
そうすることで様々な見解を
宗教的、人種的、国民的価値観として受け入れながら相手を知り
また新たな提案や会話へと進んでいくものです。
そうゆう場はまだ訪れた事のない国を、地元の人目線で知れるような感覚になるので
聞いていて楽しく、よく会話の輪にいた記憶があります。
しかし、そのような会話の時に明らかに弱いのが日本人の特徴のような印象も受けました。
特に、私はそうだったんです。

私が義務教育で印象で残っているのは
国際化、インターナショナルという言葉が盛んで
国際協力な活動や英語・海外の人たちの生活習慣など海外を意識したもが多かったように思います。
しかし、異国の人と会話・討論するにはこのような学びは力になりませんでした。
むしろもっと日本人として日本を知っているべきだと学んだのです。

戦争を知らずに過ごし、高度経済成長期もとうに過ぎ去り
就職難と言いつつも、仕事に就いて平たく平和に過ごしていた私には
薄っぺらい日本への認識で知り得る話を、自信なさげに話をしていた記憶があります。
簡単に一言で置き換えられない、日本人特有の感覚的習慣があるということも知ったいい機会でもありました。
他の国の、私より若い人ですら国民性をその人らしい言葉で表現し意見を交わしている姿に
ほぉーーーっと感心してしまい
拙い英語がハードルではなく、自分自身だと教えてもらったものです。

逆に、海外を意識するなら、同時に日本のことを深めることはとても重要な事です。
私が「国際化」と謳われ与えられた教育のベクトルで海外に興味をもったことは感謝しておりますが、
実際に国際的フィールドに身を置いた時に、それでは力不足だと知った分、自分に課してきた課題のような気がします。

久住を通して
長きに渡り続く職人・工芸の作り手と関わらせて頂けることは、新しい角度から日本を知り

あ~日本人ってなんて豊かなんでしょ

と、どこか誇りに似た満足感を味いながら再度、今も息づく日本を学んでいる最中ですが、
(その分、本当に自分の無知さに笑えてしまうのですが…)
時間をかけて丁寧にお仕事された商品を
久住を通してお渡しできることは本当に嬉しいこと。
あの時に抱いた夢に似た目標へとちょっと前進できたように思えるのです。